Share

31話 幼馴染の後悔

last update Huling Na-update: 2025-02-13 08:04:09

 イレーネの古びた屋敷に美味しそうなクッキーの香りが漂い始めた頃……

「イレーネ、頼まれていた家具を全てリビングに移動しておいたよ」

作業を終えたルノーが台所にいるイレーネの元へやってきた。

「まぁ、ありがとう。ルノー。お仕事もあったのに、力仕事までさせてしまって。でも丁度良かったわ。今クッキーが焼けた頃なのよ」

「うん、美味しそうな匂いだな……荷運びはそれほど大変なことじゃ無かったさ。何しろ、この屋敷には家財道具はもう殆どなかったからな。昔は……もっと色々な物があったのに」

しんみりした表情を浮かべるルノー。

「ルノー。あなたがそんな顔すること無いわ。確かにこの屋敷にはかつて、色々な物に溢れていたけど……。でもかえって思い出の品を残してここを去る方が寂しさを感じるじゃない?」

「そうか、やっぱり寂しさを感じるんだな? だったら『デリア』に行くのは考え直せよ。俺の実家で暮らそう。それで……モゴッ!」

途中でルノーの言葉は塞がれる。何故ならイレーネが焼き上がったクッキーをルノーの口の中に押し込んだからだ。驚いて目を見開くルノーにイレーネは笑う。

「はいはい、話はそこまでよ。どう? クッキーは美味しい?」

口の中にクッキーが詰まったルノーは返事をすることが出来ずに、コクコクと頷く。

「フフフ……それなら良かった。それでさっきの話だけど、答えは『いいえ』よ。私はマイスター伯爵様と結婚するの。これはもう決定事項よ。第一婚約者がいる幼馴染の家で暮らせるはずはないでしょう?」

「だから、まだ彼女は婚約者じゃないって! 上司が勝手に自分の娘を俺の婚約者にしようとしているだけなんだよ!」

クッキーをゴクンと飲んだルノーが反論する。

「そう? でも少なくとも彼女はそんな風には思っていないようだし、何より2人はお似合いに見えるわ」

「お、お似合い……」

その言葉にショックを受けるルノー。

「とにかく、私がマイスター伯爵と結婚することは決定事項なの。この屋敷を売って借金を返すこともね。だから信頼するルノーにお願いしているのよ」

イレーネはじっとルノーを見つめる。

「う……わ、分かったよ! 分かったから、そんな目で見るなって。全く……仕方ないな。俺の知り合いの不動産屋を当たって、できるだけ高く売却してもらえるように頼んでやるよ」

髪をかきあげながらため息をつく、ルノー。

「本当? ありが
Locked Chapter
Patuloy ang Pagbabasa sa GoodNovel
I-scan ang code upang i-download ang App

Kaugnay na kabanata

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   32話 イレーネの旅立ち

    ――翌朝「う〜ん……よく寝たわ……」目覚めたイレーネはベッドの上で伸びをした。「それにしても……いよいよ、本当に何も無くなってしまったわね」この部屋には、もはやイレーネが眠っていたベッドしか残されていなかった。残りの家具は全て昨日、ルノーの手によって階下のリビングに運ばれていたからだ。「さて、起きましょう。最後に何も忘れ物が無いか色々見て回らないとならないものね」イレーネは室内履きに足を通すと、ベッドサイドにかけておいた洋服に着替え始めた。**「うん、美味しい。我ながらクッキー作りの天才ね」朝食代わりにクッキーを食べながらイレーネはウンウンと頷く。イレーネは料理もお菓子作りも、この屋敷で働いていたボビーという名のシェフに教わった。自分が屋敷を去った後、食事に困らないようにと彼が直々にイレーネに教えてくれたのだった。「ボビーさん……この屋敷が無くなったことを知ったら、ショックを受けるかしら……」少しだけ感傷に浸りながらクッキーを完食すると、屋敷の中に忘れ物が無いか見て回った。「見回り完了、いよいよこの屋敷を出る時がやってきたわね」扉を開けて外に出ると、鍵をかけるイレーネ。「後はルノーに言われたとおり、鍵を郵便受けに入れておけばいいのね」屋敷の鍵を紙でくるむと、郵便受けに入れた。「これで……このお屋敷ともお別れね」改めて、イレーネは屋敷をじっと見た。彼女がこの屋敷にやってきたのは5歳の時。母親は出産のときに亡くなり、父親は5歳のときに病気で亡くなった。家族を失ったイレーネを引き取ったのが、父方の祖父だったのだ。以来15年間、ずっとイレーネはこの屋敷で暮らしてきた。その生活も今日で終わる。「15年間、お世話になりました」ペコリと屋敷に頭を下げると、2つのトランクケースをガラガラとひっぱりながら、イレーネは辻馬車乗り場を目指した――**** 10時半――イレーネは駅舎に到着すると、男性駅員に声をかけた。「あの、恐れ入りますが……電話をお借りできないでしょうか?」田舎町の『コルト』では、まだまだ電話が普及していない。そこでこの町に住む人々は駅で電話を借りていたのだ。「ええ、よろしいですよ。どうぞ中に入ってお使い下さい」「ご親切にありがとうございます」イレーネはお礼を述べると駅員室に入り、壁に取り付けた電話の受話

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   33話 食い違い

    「はい、ではイレーネさん。お待ちしておりますね。ですが、どうかくれぐれも慌てず、落ち着いて……ゆっくりお越し下さい。……はい、では失礼いたします」チン……イレーネとの電話を終えたリカルドは顔面蒼白になっていた。「た、大変だ……! こうはしていられないぞ……!!」リカルドは部屋を飛び出すと、脱兎の如くルシアンの部屋を目指して駆け出した――****「何だって!! イレーネ嬢が今日、やってくるだって!!」書斎で仕事をしていたルシアンが驚きの声を上げる。「はい、そうなのです。たった今、私の仕事部屋に直通で電話がかかってきたのです」その言葉にルシアンの眉が上がる。「……ちょっと待て。何故、お前の部屋の電話が鳴るんだ?」そしてルシアンは自分の机の上に置かれた電話に視線を移す。「え……? それは……私が帰り際にイレーネさんに電話番号を書いたメモを渡したからですが……?」「だから、何故お前の電話番号を教える? ここにだって……電話があるじゃないか」ルシアンは自分でも良く分からないが、何故か電話がリカルドの部屋にかかってきたことが気に食わなかった。そして、ルシアンの苛立ちにピンとくるリカルド。「ルシアン様……もしかしてイレーネさんにこちらのお部屋の電話番号をお伝えしたほうがよろしかったでしょうか?」「……いや、そういうわけではないが、大体お前は俺の専属執事だろう? ここで仕事をすることが多いのだから、この部屋の電話番号を教えたほうが良かったのではないか?」「あ……言われてみれば、確かにそうでしたね。このお部屋で電話が鳴っても、出るのは私ですからね。大変失礼いたしました」リカルドはこれがルシアンの言い訳だということに気付いていたが、あえて気付かないふりをした。「あ、ああ。まぁ……そういうことだ。だが、イレーネ嬢が本日この屋敷へやって来るなら……まずは使用人全員を集めて、大事な客人が来ることを伝える必要があるな」「ええ、そうですね」頷くリカルド。「では、リカルド。早速この屋敷にいる使用人全員をホールに集めるのだ! いますぐにな!」「はい!」(そ、そんな……! ただでさえ忙しいのに……それを使用人全員をホールに集めるだなんて……!! 無茶振りだ!!)返事をしながら、心の中でリカルドが悲鳴を上げたのは言うまで無い――****一方その頃

    Huling Na-update : 2025-02-16
  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   34話 親切な人々

     午後4時半――イレーネは『デリア』のホームに降り立った。「う~ん……快適な汽車の旅だったわ。やっぱり二等車両は座り心地が違うわね。切符を手配してくれたリカルド様に感謝しないと」帽子をかぶり直したイレーネは、ホームに停車している汽車を見て嬉しそうに笑みを浮かべる。「でもこんな贅沢、私のような者には身の丈が合わないわね。1年後、ルシアン様と離婚したら質素倹約に励まなくちゃ」結婚生活が始まる前から、既に離婚後のことを見据えていたのだ。「さて、では行きましょう」イレーネはキャリーケースを引きずりながら、改札を目指して歩き始めた。**「う~ん……迂闊だったわ……そう言えばこの駅は階段を上らないと、外に出られなかったのよね……」じっと階段を見上げるイレーネ。手元には二つのキャリーケース。とてもイレーネの細腕では二つの荷物を持って、上ることは出来ない。「……仕方ないわ。一つ残しておいて、階段を上るしかないわね……」ため息をついたとき、背後で声をかけられた。「お困りですか? よければ荷物をお持ちしますよ?」「え?」その声に振り向くと、白髪交じりの男性駅員が立っていた。「よろしいのですか?」「ええ。ちょうど駅員室に戻るところだったので」そして男性駅員はキャリーケースを2つとも、持ったのでイレーネは慌てた。「あ、あの。一つだけで大丈夫ですので。後の一つは自分で持ちます」「いいえ、見たところ女性が持つには大きすぎる荷物ですよ。私が持つのでどうぞ階段を登って下さい」「そうですか? それではお言葉に甘えて……ご親切にありがとうございます」イレーネは礼を述べると、階段を登っていく。そこを後ろからキャリーケースを持った駅員がついていった。「荷物を運んで頂き、ありがとうございました」階段を登り終えると、イレーネは礼を述べた。「いいえ、お役に立てて良かったです」「あの……図々しいお願いとは思いますが……もう一つ、お願いしてもよろしいでしょうか?」「はい、何でしょう?」「電話をお借りしても良いでしょうか?」イレーネは恥ずかしそうに駅員に尋ねた――**** 駅を出ると、イレーネはため息をついた。「それにしても、リカルド様が電話に出られなかったのは残念だったわ……というか、何故誰も電話に出なかったのかしら……?」イレーネは何も知らなか

    Huling Na-update : 2025-02-17
  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   35話 何も知らない者

     17時少し前に、イレーネを乗せた辻馬車がマイスター家に到着した。「お客様、マイスター家に到着しました」男性御者がイレーネに声をかけてきた。「はい、どうもありがとうございま……」そこまで言いかけて、ハタとイレーネは気付いた。(そう言えば、つい先日貴族の御令嬢に言われたばかりだったわよね……)イレーネの脳裏に赤い髪の女性……ブリジットの言葉が蘇る。『ちょっと、ここはあなたのような身分の者が気安く出入りしていい場所じゃ無いわよ? 入るなら、せめて裏口からにしたらどうなの?』(そうよね、私なんかが正面口から入ってはいけないわよね。現に昨日、このお屋敷を出るときもフードで顔を隠したくらいなのだから)「あの、お客様……どうなさいましたか?」考え事をして黙り込んでしまったイレーネに御者が遠慮がちに声をかけてきた。「いえ、何でもありません。あの、恐れ入りますが馬車を裏口に回していただけますか?」「裏口ですか? ええ、よろしいですよ。それでは裏口に周りますね」男性御者は手綱を握りしめると、馬車の移動を始めた――**** マイスター家のフットマンとして働き始めて、ようやく1年を迎えようとしていたジャックは今とても忙しかった。「全く……お使いから戻ってみれば、誰もいないんだからな……こんな一番忙しい夕方時だっていうのに。皆一体どこにいるんだよ」ブツブツ文句を言いながら、ジャックは入り口にほど近い部屋で備品の整理をしていた。「あ〜なんだ、この棚……ホコリが溜まっているなぁ。これじゃ片付けられないじゃないか」その時――「あの〜……すみません。どなたかいらっしゃいますか?」女性の声が聞こえてきたのでジャックは部屋を出た。すると入り口の前で立っている一人の女性が目に入った。その女性とは……イレーネである。「え〜と……、どちら様です?」ジャックに尋ねられたイレーネは少しだけ悩んだ。(そう言えば、この屋敷の人たちに私のことは話してあるのかしら……万一の為に、あまり詳しい話はしないほうが良いかもしれないわね)そこで、簡単な自己紹介をすることにした。「はい、私は本日よりこちらでお世話になることになりましたイレーネと申します。どうぞよろしくお願いいたします」「イレーネ……?」見たこともない女性を見て、首を傾げるジャック。(う〜ん……見たところ

    Huling Na-update : 2025-02-18
  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   36話 新人?

     イレーネとジャックは和やかに話をしながら、2人で仕事をしていた。「それでイレーネはどこから来たんだっけ?」棚の備品を片付けながらジャックが尋ねる。「はい、私は『コルト』の町から来ました」イレーネは雑巾がけをしながら答える。「『コルト』か……随分遠くから来たんだなぁ。その若さで……両親を亡くして、しかも育ててくれた祖父まで亡くすなんて……ううっ。本当にイレーネは苦労したんだなぁ……」ジャックが目をうるませる。「ええ。でも、縁あってこちらでお世話になることが出来たので、私は運が良かったです。仕事を教えてくれるジャックさんも良い人ですし」「そ、そうか? そう言われると……何だか照れくさいな」目元を赤くするジャック。そこへホールに集められた使用人たちがゾロゾロと戻ってきた。そして一人のフットマンがジャックの姿を見て近づいてきた。「おい! ジャック、お前こんなところで何してたんだよ」「え? 何って……見ての通り仕事ですけど?」「あのなぁ、さっきまでルシアン様から大事な話があって俺たち全員ホールに集められていたんだよ!」「ええ!? そうだったんですか! 俺……お使いに行ってたので知らなかったんですよ!」ジャックは自分だけホールに行かなかったことを知り、顔が青ざめる。「全く……仕方ないなぁ。でも知らなかったなら仕方ないか……ん? ところで、あんたは何者だ?」フットマンは雑巾を握りしめているイレーネに気づいた。「はい、私は今日からこちらでお世話になることが決まりましたイレーネと申します。どうぞよろしくお願いします」「イレーネ……? イレーネ……どこかで聞いたような気がする名前だが……ハハハ。まさかな」先程ホールで集められた時に、本日イレーネ・シエラという大事な客人がこの屋敷にやってくるという話をルシアンから聞かされた。だが、エプロン姿に雑巾を手にしたイレーネがその本人だとは彼は思いもしなかったのだ。「ここで俺が、新人のイレーネに仕事を教えてあげていたんですよ」ジャックが説明する。「ふ〜ん……だが、新しいメイドが来るなんて話、聞かされていなかったがな……でも、人手が足りなかったから丁度いいか。俺はフットマンのホセ。ここの部署のリーダーを務めている。よろしくな。イレーネ」「はい、よろしくお願いします」「ホセさん。イレーネの世話なら

    Huling Na-update : 2025-02-19
  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   37話 驚く人々

    ――午後7時、ダイニングルーム。「一体どういうことだ……? 未だにイレーネ嬢が訪ねて来ないなんて……」テーブルの前に着席し、手を組んで顎を乗せたルシアンがためいきをついた。「ルシアン様……確かに私も心配でたまりませんが、まずは夕食をお召し上がりになって下さい。よくよく考えてみれば、イレーネさんは本日ここへ来るとは話されていましたが、時間までは仰っていませんでした。もしかすると、もう間もなくこちらへいらっしゃるかも……しれませんよ?」リカルドは笑顔で声をかけるも、内心では焦りがピークに達していた。(まずいまずいまずい! これは非常にまずいぞ!! ひょっとしてここへ来る道中、何かあったのではないだろうか? イレーネさんは可愛らしい外見だし、おっとりしてはいる。もっとも言い方を変えれば、世間より少しズレている感じがある。片田舎出身であるが故に、都会に潜む悪い連中に騙されて何処かへ連れ去られてしまったのではないだろうか!? そうなったら……全てこの私の責任! ああ……今にも胃に穴が空きそうだ……)少々失礼な物言いで、イレーネの身を案じる。「何かあったのではないだろうか……?」ポツリと呟くルシアンの言葉に、思わず肩が跳ねそうになるリカルド。「落ち着いて下さい、ルシアン様。まずは紅茶でも飲んでみてはいかがですか?」胃痛に耐え、震える手でリカルドはカチャカチャと紅茶を入れ……。カチャン! 手が滑ってソーサーの上に音を立ててカップを置く。そしてそんな様子をじっと見つめるルシアン。「……リカルド」「はひ? な、何でしょう?」リカルドは思わず上ずった声で返事をする。「落ち着くのは……むしろ俺よりもお前の方ではないか?」「い、いえ。何を仰っているのですか? 私はとても落ち着いておりますよ。大丈夫です、きっともうすぐイレーネさんはこちらにいらっしゃるはずですとも……あの方を信じて待ちましょう……」まるで自分に言い聞かせるかのように語るリカルド。そこへ――「ルシアン様、夕食をお持ちしました」フットマンがワゴンを押してダイニングルームへ現れた。「何? 食事だと? こんな一大事のときに食事など出来るか……え……?」眉間に皺を寄せたルシアンはフットマンを見上げ……次に驚愕で目を見開いた。 何と、フットマンの背後にはメイド服姿のイレーネがいたからだ。彼

    Huling Na-update : 2025-02-20
  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   38話 そして勘違いは増幅される

    「イレーネ嬢……」自分のテーブルの前に料理を並べていくイレーネにルシアンは頭を抑えながら声をかけた。「はい、何でしょうか? ルシアン様」スープ皿を置いたイレーネがにっこり微笑む。「一体、その恰好は……何だ?」「あ、このメイド服ですか? これは先輩のジャックさんが用意してくれたんです。素敵なメイド服で、とても気に入りました」濃紺のロングワンピースに、フリルの付いたエプロン姿のイレーネはジャックの名前を出した。自分の名前が出たジャックは、まんざらでもない様子で給仕を務めている。「い、いや。俺が尋ねているのはそういうことでは無くてだな……」「あ、ルシアン様。今置いたこちらのスープは熱いので火傷にご注意下さいね」「ああ、ありがとう……って違う! そうじゃない!」危うくイレーネのペースに巻き込まれそうになったルシアンは、激しく首を振る。「ど、どうなさったのです? 落ち着いて下さい。ルシアン様」イレーネが見つかったことで、すっかり余裕のリカルドがルシアンに声をかける。「いいか、イレーネ嬢。俺が言いたいのは、そういうことではない。何故、君がメイドとして働いているかと言う事だ。誰かにメイドとして働くようにそそのかされたのか? ひょっとして、ジャックという者の仕業か!?」ルシアンの言葉に、ビクリとジャックの肩が跳ねる。(どうか……どうか、俺がジャックだということがルシアン様にバレませんように……!)マイスター家には大勢の使用人が働いている。そしてジャックはまだこの屋敷で働き始めて1年目。当然、ルシアンはジャックの顔を知らない。「いいえ? ジャックさんは、そのような方ではありません。とても親切な人で、丁寧に仕事を教えてくれます」少し、ズレたところのあるイレーネはルシアンの質問に見当違いな返答をする。「そうか。やはりジャックの仕業なのだな? 親切にメイド服を貸してくれたというわけか?」そこへ嚙み合わない2人の会話に、リカルドが割って入ってきた。「落ち着いて下さい、ルシアン様。ジャックがそそのかしたと疑うのは時期尚早ではないでしょうか?」リカルドがルシアンを宥めながら、ジャックに早く退散するように目配せする。「で、では私はこれで失礼致します」ジャックは、逃げるようにダイニングルームを飛び出した。自分はクビになってしまうのではないかという恐

    Huling Na-update : 2025-02-21
  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   39話 主と執事

    「リカルド……夜のお勤めとは……一体どういうことだ?」ルシアンが口元に笑みを浮かべながらリカルドを見る。しかし、目は少しも笑っていない。これが一番マズイ状況であるということを、リカルドは知り尽くしている。「ル、ルシアン様……こ、これはそう! 誤解、誤解なのです!」「ほう? 誤解? 一体どんな誤解なのだ? 詳しく教えて貰おうじゃないか? だがその前に……」ルシアンはイレーネに視線を移す。「イレーネ嬢」「はい、何でしょうか? ルシアン様」「もう、メイドの仕事はしなくていい。とりあえず、今日は休むといい。リカルドに客室を案内させよう」「はい、ルシアン様!」(やった! この場から逃げられる!)リカルドは喜々として返事をするが、次に告げられたリカルドの言葉に冷や水を浴びせかけられる。「いいか? イレーネ嬢を客室に案内したら、ここへ戻ってくるように。分かったか?」ジロリと睨みつけられるリカルド。「は……はい! で、ではイレーネさん。参りましょう」「はい。では失礼致します、ルシアン様」イレーネは立ち上がると、挨拶した。「ああ、明日また会おう。……リカルド」「はい! ルシアン様!」リカルドは背筋をピンと伸ばす。「……イレーネ嬢の誤解をきちんと、解くのだぞ。責任を持ってな」「も……勿論です」こうして、奇妙な動きを見せるリカルドに連れられてイレーネはダイニングルームを後にした。「……全く」ダイニングルームに1人残ったリカルドため息をつき、すっかり冷めてしまった料理を口にした。「……生ぬるいスープだ……」そして再びため息をついた――****1時間後――「ルシアン様、戻りました……」ビクビクしながらリカルドがルシアンの待ち受けるダイニングルームに戻ってきた。すっかりテーブルの上が片付けられ、今はルシアンの飲んでいるワインとグラスだけが置かれている。「ああ、戻ったか。イレーネ嬢に客室を用意したのか?」「ええ、勿論です! 前回よりも素晴らしい客室にご案内致しました! メイド長にもイレーネさんのことを伝えてまいりました。それに使用人部屋に置かれた荷物も客室へ運びました!」リカルドは説教を恐れ、媚びを売るように揉み手をしながら返事をする。「そうか……」ルシアンは手元のワインを煽るように一気に飲み干すと、乱暴にグラスを置いた。

    Huling Na-update : 2025-02-21

Pinakabagong kabanata

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   45話 イレーネと令嬢たち

    「しかし……本当に一人で出かけてしまうとは……」ルシアンは2階にある書斎の窓から、イレーネが門を目指して歩く後ろ姿を見つめてため息をつく。「ええ、全くイレーネさんの行動には驚きです。馬車まで断るのですから」リカルドの顔にも心配そうな表情が浮かんでいる。「だが、馬車を出すように命じるにも……説明できなかったしな……早いところ全員に彼女を紹介しなければ……」しかし、あくまでこれは1年間の契約結婚。そんな相手を使用人たちに堂々と自分の結婚相手だと説明しても良いものかどうか、ルシアンは悩んでいた。「もう、事実は伏せて結婚相手だと伝えるしか無いのではありませんか? それに……」「それに? 何だ?」途中で言葉を切ったリカルドにルシアンは尋ねる。「いえ、何でもありません。さて、それでは外出準備を始めましょうか?」「ああ、そうだな。先方を待たせるわけにはいかないからな」ルシアンは立ち上がると、書斎机に向かう。その姿を見つめながらリカルドは思った。ひょっとすると、この結婚は本当の結婚になる可能性もあるのではないかと……。**** その頃、イレーネは――「どうもありがとうございました」辻馬車で駅前に到着したイレーネは馬車代を支払うと、『デリア』の町に降り立った。「本当に、この町は『コルト』と違って大きいわ……」辺を見渡せば、大きな建物が綺麗にひしめき合っている。町を歩く人々も大勢いた。「さて、ひとりで町へ出てきたのはいいけれど……洋品店は何処にあるのかしら」キョロキョロと周囲を見渡す。「町へ出れば、何とかなると思ったけど……交番で尋ねてみようかしら……」そこまで言いかけ、首を振る。「いいえ、迷惑はかけられないわ。自分で何とかしましょう」そしてイレーネはひとりで洋品店を探すことにした。**「まぁ、なんて美味しそうなケーキ屋さんかしら。あら? あの店は本屋さんだわ。あんなに大きい本屋さんがあるなんて、流石は大都市『デリア』ね」あれから30分程の時間が流れていた。今や、イレーネは本来ドレスを新調するという目的を忘れて町の散策を楽しんでいた。「あら? ここは雑貨屋さんかしら?」ショーウィンドウにへばりつくように、窓から店内の様子を伺っていると女性たちの会話が近づいてきた。「それでこの間ルシアン様に会いに行ったのに、外出中で会えなか

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   44話 イレーネの支度金

     それからきっかり1時間後――イレーネはリカルドの案内でルシアンの書斎にやってきていた。「イレーネ嬢、わざわざ足を運ばせてすまないな」書斎に置かれたソファに向かい合わせで座る2人。「いいえ、どうぞお構いなく。丁度暇を持て余していたところでしたので。いつもなら庭で畑作業をしている時間でして……お恥ずかしいことに時間の潰し方を良く知らないものですから」「な、何だって? 畑仕事?」その言葉に耳を疑うルシアン。「はい、そうです。食費を浮かす為に家庭菜園をしておりました。幸い、庭がありましたので季節ごとに様々な野菜を育てていたのですよ? 今の季節ですと、玉ねぎ、人参が収穫できます。採れたての野菜は甘みもあって、とても美味しいんです」「そ、そうだったのか……?」傍らに立つリカルドはハンカチで目頭を押さえている。「……うっうっ……ほ、本当に……なんて健気なイレーネさん……」その様子を半ば呆れた眼差しで見つめていると、イレーネが声をかけてきた。「あの、それで私にお話というのは?」「あ、ああ。そのことなのだが、イレーネ嬢に支度金を払おうと思って呼んだのだ」「まぁ……支度金ですか?」イレーネの目がキラキラ輝く。「そうだ、そのお金で服を新調するといい。さて、何着あればいいだろうか……?」「3着もあれば十分です」「な、何!? たったの3着だと!?」「はい、外出着は3着もあれば十分です。勿体ないですから。普段の服は私が持ってきたもので十分ですし」「イレーネ嬢、それは……」ルシアンが言いかけるよりも早くリカルドが反応した。「いいえ! それは駄目です! イレーネさん! 3着と言わず、その10倍……いえ、100倍は作るべきです!」「何だって!? 300着もか!?」これには流石のルシアンも目を見開く。「まぁ! 300着ですか? いくら何でも300着なんて無謀です。本当に、最低限揃えてもらうだけで十分なのですが……」遠慮するイレーネにリカルドは畳み掛ける。「イレーネさん。マイスター伯爵家は、とっても大金持ちなのですよ? 何しろ世界中に取引先がある貿易会社を営んでいるのですから何の遠慮もいりません。欲しいものはどんどん仰って下さい!」「お、おい……! リカルド、お前は一体何を勝手なことを……!」そこまで言いかけた時、ルシアンはこちらをじっと見つ

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   43話 丸投げ

     食後の紅茶を2人が飲み終わる頃、ようやくリカルドがダイニングルームに戻ってきた。「リカルド、お前は今まで一体何処に行っていたのだ?」ルシアンがじろりと睨みつける。「はい、それが……厨房に顔を出して、2人分のお食事を用意して貰いたいと伝えたところ……その場にいた使用人達に囲まれてしまいました。それで、イレーネさんのことを根掘り葉掘り尋ねられてしまって……」「何だって……それで何と答えたんだ?」「そ、それは……」リカルドは興味津々の眼差しで自分を見つめるイレーネに視線を移す。「私の口から無責任なことを伝えるわけにはいかないので、ルシアン様から後ほど直接話があるので待つように伝えました」何とも無責任な台詞を口にするリカルド。ルシアンが切れたのは言うまでも無い。「リカルド! それでは俺に全て丸投げしているも同然じゃ……」そこでルシアンは口を閉ざす。何故ならイレーネがじっと自分を見つめていたからだ。女性の前で声を荒げることをしたくないルシアンは、ゴホンと咳払いをするとリカルドに命じた。「リカルド。イレーネ嬢は紅茶を飲み終えたようだし……ひとまず今は部屋に案内してあげてくれ。そうだな……1時間後、俺の書斎に来て欲しい。まだまだ話し合わなければならないことが山積みだからな」「はい、かしこまりました。私が責任を持ってイレーネさんをお部屋までご案内します」笑顔で返事をするリカルドにルシアンは釘を刺す。「言っておくが、お前にはまだ言いたいことが残っている。イレーネ嬢を部屋に案内したらすぐにここへ戻ってこい」「はい……」落ち込んだ様子で返事をするリカルド。そこへイレーネが会話に入ってきた。「ルシアン様、私なら大丈夫です。部屋の場所は覚えているので1人で戻れます」「いや、しかしだな……万一、リカルドのように使用人に捕まってしまえば……」ルシアンは言葉を濁す。「そのことなら御安心下さい。私、こう見えても口は固いです。何か問われても、ルシアン様から伺って下さいと伝えますから」「そ、そうか……?」引きつった笑いを浮かべるルシアン。(やはり、2人とも……俺に全て委託するというわけだな……)「分かった。では申し訳ないが……イレーネ嬢は一旦席を外してくれ。リカルドと2人で話をしたいからな。そして1時間後、今度は俺の書斎へ来てくれないか」「はい、ル

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   42話 遠慮は無用

    (何だか……今朝は随分給仕の人数が多いな)ルシアンはダイニングルームで給仕をする使用人たちを見渡した。普段なら給仕の人数は1人、ないし2人。それなのに今朝に限っては違った。2人のフットマンに、3人のメイドまでいるのだ。全員、明らかにイレーネを意識しているのは明白だった。「紅茶はいつお持ちしますか?」メイドがイレーネに尋ねる。「そうですね、ルシアン様はいつお飲みになっておりますか?」突然話をふられたルシアンは戸惑いながらも答えた。「え? 俺は普段は食後にもらっているが?」(あのメイドは何故そんなことを聞いてくるのだ? 普段は何も言わずに食後に紅茶を淹れてくるはずなのに! 大体、どこで俺とイレーネ嬢が朝食を一緒にとることがバレてしまったんだ? リカルドは何をしている!)一言、リカルドに文句を言ってやりたいところだが肝心の彼は生憎不在だ。(くそ! ここ最近、勝手な真似ばかりしおって……後で呼び出して説教してやらなければ……!)ルシアンのどこか落ち着きのない様子をみて、イレーネが首を傾げる。「ルシアン様、どうかされたのですか?」「え? あ……何でも無い。ただ……何故、今朝に限ってこんなに給仕が集まっているのか不思議に思ってな」その言葉に、使用人たちが一斉に肩をビクリとさせる。「もう、全ての料理を並べ終えたのだろう?」傍らに立っているフットマンに尋ねるルシアン。「は、はい。ルシアン様。食事は全て提供させていただきました」「そうか……なら、お前たちはもう席を外してくれ。彼女と2人きりで食事をしたいからな」ルシアンはゆっくり、全員の顔を見渡した。「分かりました……それでは我々は一旦席を外させていただきます……」使用人たちはチラチラとイレーネに視線を送りながら、ダイニングルームを出て行った。――パタン扉が閉じられるとルシアンはため息をついた。「全く……好奇心旺盛な使用人たちだ。さて、それでは食べようか」「私も好奇心旺盛ですよ? それにしてもこのマイスター家には大勢の人たちが働いていらっしゃるのですね。私の働く隙もないほどです。……まぁ! 本当にこちらのお食事は美味しいですね」料理を口にし、笑みを浮かべるイレーネ。「そうか、口にあって何よりだ。だが、メイドの仕事は考えないでくれ。君の役目は俺の妻を演じることなのだから。実は……

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   41話 イレーネの頼み

     翌朝7時。リカルドはイレーネの宿泊している客室の前に来ていた。「さて……イレーネさんは起きていらっしゃるだろうか……?」コホンと咳ばらいをすると、早速扉をノックする。――コンコン「イレーネさん、起きていらっしゃいますか?」すると軽い足音が扉に近づき、音を立てて開かれた。「おはようございます、リカルド様」白いブラウス。モスグリーンのベストにロングスカート姿のイレーネが姿を見せた。「はい、おはようございます。……もう、すっかり朝の支度は出来ていたのですね?」地味な服装のイレーネを見つめながらリカルドが挨拶する。「はい、そうです。5時に起床しました」「ええ!? 5、5時ですか!? 何故そんなに早く起きられたのですか?」あまりにも早い時間にリカルドは目を丸くした。「はい、いつもの習慣でつい目が覚めてしまったのです。『コルト』に住んでいた頃は朝食の準備があった為に毎朝5時おきだったので」「朝食の準備……? 一体何のことでしょう。とりあえず歩きながらその説明を聞かせていただけますか? ダイニングルームへご案内しますので」「え? ダイニングルームへですか?」「はい、そうです。そこで……」「私が給仕を務めればいいのですね?」「は? い、いえ! とんでもありません! イレーネさんはルシアン様の妻になる方ですよ!? そんな真似させられるはずないじゃありませんか!」そのとき――ガタッ!!背後で大きな音が聞こえ、イレーネとリカルドは振り向いた。しかし、そこにあるのは大きな観葉植物のみで人の気配は無い。「……妙ですね? 今音が聞こえた気がしたのですが……」リカルドが首を傾げる。「はい。私も聞こえましたが……気にしても始まらないので、ダイニングルームへ行きませんか?」イレーネの頭の切り替えは早い。「そうですね。ではダイニングルームへ参りましょう。先ほど、何故毎朝5時に起きていたのかお話を聞かせて下さい」「はい、リカルド様」そして2人は並んで歩きながら、ダイニングルームへ向かった――****「おはようございます、ルシアン様」ダイニングルームには一足先にルシアンが待っていた。「おはよう、イレーネ嬢。昨夜はゆっくり寝られたか?」「はい、あんなに素敵なお部屋を貸して頂けるなんて夢みたいでした。私にはもったいない限りです」ニコニコ

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   40話 それは誤解ではありません

    「一体何なんだ? その募集要項は。 二十四時間体制だが、基本夜の勤務は殆ど無い? けれど夜勤が入る場合は別途給金を上乗せだとは。このような内容では誰だって勘違いするに決まっているだろう!? お前は俺を獣扱いしているのか! 一体どういうつもりでこんなことを書いたんだ!」ルシアンは肩で荒い息を吐きながらまくしたてた。「そ、それはですね。ほら、アレです。時には王侯貴族の親睦を深める目的で夜会などが開かれることがあるではありませんか?」「ああ、あるな。それがどうした?」「そうなると、結婚しているのであれば夫婦そろって出席を求められるのは当然のことですよね?」「確かにその通りだが……まさかその意味合いで二十四時間体制、時には夜勤が入ると書いたのか!?」ルシアンはワインの瓶を掴むと、勢いよくグラスに注ぐ。「はい、その通りです……」「な、何てことだ……イレーネ嬢が勘違いするのは当然じゃないか! これでは契約妻に夫婦生活を強要するような最低な男としてとられてしまったに決まっている!」ルシアンはグラスを握りしめると、まるで水のようにワインを一気に飲み干した。「落ち着いて下さい。ルシアン様、そんなに乱暴な飲み方ではお身体に障ります」「誰のせいで、落ち着けないと思っているんだ! 絶対、彼女は俺に不信感を抱いているに違いない……何がまた明日会おうだ! もう顔向けできないじゃないか……」どこまでも生真面目なルシアン。酔いがすっかり回っていた彼はリカルドにイレーネの誤解を解くように説明したことなど忘れていた。「それなら大丈夫です、ご安心ください。イレーネ嬢は決して怪しい意味合いではとらえておりませんでした。流石は私の見込んだ女性のことだけありました!」「何だと……? 一体それはどういう意味だ……?」顔を赤く染め、半分目が座っているルシアンがリカルドを見上げた。「はい、イレーネさんは夜の夫婦生活のことを想定してはいなかったのですよ。メイドとしての夜勤があるのかと思っていたのです。それで、あのようなことを尋ねられたのですよ」「そうだったのか……? そう言えば、イレーネ嬢は契約妻兼メイドの仕事をするものだと勘違いしていたな……」「ええ、そうです。なので、誤解を解くまでも無かったのですよ。何しろ初めから誤解されていたのですから」「初めから誤解だったから、誤解を

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   39話 主と執事

    「リカルド……夜のお勤めとは……一体どういうことだ?」ルシアンが口元に笑みを浮かべながらリカルドを見る。しかし、目は少しも笑っていない。これが一番マズイ状況であるということを、リカルドは知り尽くしている。「ル、ルシアン様……こ、これはそう! 誤解、誤解なのです!」「ほう? 誤解? 一体どんな誤解なのだ? 詳しく教えて貰おうじゃないか? だがその前に……」ルシアンはイレーネに視線を移す。「イレーネ嬢」「はい、何でしょうか? ルシアン様」「もう、メイドの仕事はしなくていい。とりあえず、今日は休むといい。リカルドに客室を案内させよう」「はい、ルシアン様!」(やった! この場から逃げられる!)リカルドは喜々として返事をするが、次に告げられたリカルドの言葉に冷や水を浴びせかけられる。「いいか? イレーネ嬢を客室に案内したら、ここへ戻ってくるように。分かったか?」ジロリと睨みつけられるリカルド。「は……はい! で、ではイレーネさん。参りましょう」「はい。では失礼致します、ルシアン様」イレーネは立ち上がると、挨拶した。「ああ、明日また会おう。……リカルド」「はい! ルシアン様!」リカルドは背筋をピンと伸ばす。「……イレーネ嬢の誤解をきちんと、解くのだぞ。責任を持ってな」「も……勿論です」こうして、奇妙な動きを見せるリカルドに連れられてイレーネはダイニングルームを後にした。「……全く」ダイニングルームに1人残ったリカルドため息をつき、すっかり冷めてしまった料理を口にした。「……生ぬるいスープだ……」そして再びため息をついた――****1時間後――「ルシアン様、戻りました……」ビクビクしながらリカルドがルシアンの待ち受けるダイニングルームに戻ってきた。すっかりテーブルの上が片付けられ、今はルシアンの飲んでいるワインとグラスだけが置かれている。「ああ、戻ったか。イレーネ嬢に客室を用意したのか?」「ええ、勿論です! 前回よりも素晴らしい客室にご案内致しました! メイド長にもイレーネさんのことを伝えてまいりました。それに使用人部屋に置かれた荷物も客室へ運びました!」リカルドは説教を恐れ、媚びを売るように揉み手をしながら返事をする。「そうか……」ルシアンは手元のワインを煽るように一気に飲み干すと、乱暴にグラスを置いた。

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   38話 そして勘違いは増幅される

    「イレーネ嬢……」自分のテーブルの前に料理を並べていくイレーネにルシアンは頭を抑えながら声をかけた。「はい、何でしょうか? ルシアン様」スープ皿を置いたイレーネがにっこり微笑む。「一体、その恰好は……何だ?」「あ、このメイド服ですか? これは先輩のジャックさんが用意してくれたんです。素敵なメイド服で、とても気に入りました」濃紺のロングワンピースに、フリルの付いたエプロン姿のイレーネはジャックの名前を出した。自分の名前が出たジャックは、まんざらでもない様子で給仕を務めている。「い、いや。俺が尋ねているのはそういうことでは無くてだな……」「あ、ルシアン様。今置いたこちらのスープは熱いので火傷にご注意下さいね」「ああ、ありがとう……って違う! そうじゃない!」危うくイレーネのペースに巻き込まれそうになったルシアンは、激しく首を振る。「ど、どうなさったのです? 落ち着いて下さい。ルシアン様」イレーネが見つかったことで、すっかり余裕のリカルドがルシアンに声をかける。「いいか、イレーネ嬢。俺が言いたいのは、そういうことではない。何故、君がメイドとして働いているかと言う事だ。誰かにメイドとして働くようにそそのかされたのか? ひょっとして、ジャックという者の仕業か!?」ルシアンの言葉に、ビクリとジャックの肩が跳ねる。(どうか……どうか、俺がジャックだということがルシアン様にバレませんように……!)マイスター家には大勢の使用人が働いている。そしてジャックはまだこの屋敷で働き始めて1年目。当然、ルシアンはジャックの顔を知らない。「いいえ? ジャックさんは、そのような方ではありません。とても親切な人で、丁寧に仕事を教えてくれます」少し、ズレたところのあるイレーネはルシアンの質問に見当違いな返答をする。「そうか。やはりジャックの仕業なのだな? 親切にメイド服を貸してくれたというわけか?」そこへ嚙み合わない2人の会話に、リカルドが割って入ってきた。「落ち着いて下さい、ルシアン様。ジャックがそそのかしたと疑うのは時期尚早ではないでしょうか?」リカルドがルシアンを宥めながら、ジャックに早く退散するように目配せする。「で、では私はこれで失礼致します」ジャックは、逃げるようにダイニングルームを飛び出した。自分はクビになってしまうのではないかという恐

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   37話 驚く人々

    ――午後7時、ダイニングルーム。「一体どういうことだ……? 未だにイレーネ嬢が訪ねて来ないなんて……」テーブルの前に着席し、手を組んで顎を乗せたルシアンがためいきをついた。「ルシアン様……確かに私も心配でたまりませんが、まずは夕食をお召し上がりになって下さい。よくよく考えてみれば、イレーネさんは本日ここへ来るとは話されていましたが、時間までは仰っていませんでした。もしかすると、もう間もなくこちらへいらっしゃるかも……しれませんよ?」リカルドは笑顔で声をかけるも、内心では焦りがピークに達していた。(まずいまずいまずい! これは非常にまずいぞ!! ひょっとしてここへ来る道中、何かあったのではないだろうか? イレーネさんは可愛らしい外見だし、おっとりしてはいる。もっとも言い方を変えれば、世間より少しズレている感じがある。片田舎出身であるが故に、都会に潜む悪い連中に騙されて何処かへ連れ去られてしまったのではないだろうか!? そうなったら……全てこの私の責任! ああ……今にも胃に穴が空きそうだ……)少々失礼な物言いで、イレーネの身を案じる。「何かあったのではないだろうか……?」ポツリと呟くルシアンの言葉に、思わず肩が跳ねそうになるリカルド。「落ち着いて下さい、ルシアン様。まずは紅茶でも飲んでみてはいかがですか?」胃痛に耐え、震える手でリカルドはカチャカチャと紅茶を入れ……。カチャン! 手が滑ってソーサーの上に音を立ててカップを置く。そしてそんな様子をじっと見つめるルシアン。「……リカルド」「はひ? な、何でしょう?」リカルドは思わず上ずった声で返事をする。「落ち着くのは……むしろ俺よりもお前の方ではないか?」「い、いえ。何を仰っているのですか? 私はとても落ち着いておりますよ。大丈夫です、きっともうすぐイレーネさんはこちらにいらっしゃるはずですとも……あの方を信じて待ちましょう……」まるで自分に言い聞かせるかのように語るリカルド。そこへ――「ルシアン様、夕食をお持ちしました」フットマンがワゴンを押してダイニングルームへ現れた。「何? 食事だと? こんな一大事のときに食事など出来るか……え……?」眉間に皺を寄せたルシアンはフットマンを見上げ……次に驚愕で目を見開いた。 何と、フットマンの背後にはメイド服姿のイレーネがいたからだ。彼

I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status